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優しかったおばさんが介護苦でアル中に

30代女性の投稿です

 

母の妹であるおばさんは小さい頃から よく遊んでくれました。

 

 

末っ子だったからかわがままな子供のような人で、結婚もせず、

大きな外車を乗って悠遊自適なシングルライフを送っていました。

 

 

ある日おばさんと一緒に住んでいる祖父が脳梗塞で倒れました

 

 

少し麻痺は残ったものの、命は助かりましたが、

喜んでいたのもつかの間、脳梗塞の後遺症から

ひどいうつ病にかかってしまいました。

 

 

毎晩電話で「もう死にたい。もう死にたい。」と泣きながら

言う祖父に遠方に住んでいる私たちは何もできず、ただ「どうしたの。

がんばれ。」と言葉をかけるしかありませんでした。

 

 

電車も通っていない山奥の町だったこともあり、おばさんたちは

精神の病気に対して差別意識が強く、祖父を病院に連れて行こうとしませんでした。

 

 

そして、祖父はある日、庭で農薬を飲み自殺を図りました

 

 

再び一命はとりとめたものの、予後が悪く、寝たきりの状態になってしまいました。

 

 

介護が必要となってしまった祖父のために仕事を辞めたおばさんは、

毎日隠れるように暮らすようになっていきました。

 

 

まわりは「介護を一人で抱えず、施設に預けてはどうか。」とも

言ったのですが、頑なに他人に頼ることを拒み続け、

周りの人とも疎遠になっていきました。

 

 

ほどなくして、祖父は亡くなりました

 

 

全く一人になったおばさんはその日から浴びるようにお酒を飲むようになりました。

 

 

そして、庭に出て突然大声で叫んだり、日中はブツブツと独り言を

話し笑いながら徘徊しているので、警察の御厄介になったり母に

苦情の電話がくるようになりました。

 

 

どうにか病院につれていこうとしても、本人が暴れて怒鳴り散らし、

自分はどこも悪くない、と言い張るので、行政のサポートも入りづらい状況でした。

 

 

そして、夏のある日に家の中で倒れて亡くなっていました

 

 

近所の人が発見してくれたのですが、死後5日は経過していて、

腐敗もはじまり、私たちは最期におばさんの顔を見ることすらできませんでした。

 

 

元気で明るかったおばさんの姿を思うと何もできなかった

自分が悔やまれてしまたがないです。

 
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