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社会で生き抜くために必要な我慢で塗りつぶした人間関係

30代男性の投稿です

 

 

私は6年間土木関係で働いてきましたが、組織というものに

なじむことができずまた土木業界に対する魅力、未来が見えなくなったため

この分野で働くことをやめてしました。

 

 

現在無職です。

 

 

大学では土木関係の勉強をしました、当時大学のオープンキャンパスで

橋や道路を作ることができるということに興味がひかれたからです。

 

 

そのときは地球温暖化が騒がれていた時だったため、

環境にやさしい道路、道路自体が光合成をすれば二酸化炭素減るのではないか、

というような夢物語を想像してました。

 

 

大学で勉強していくうちに「雪氷学」というのを学びその関係で

就職先も雪氷関係のコンサルタント会社に就職しました。

 

 

働いてみて残業は毎日ある、遅いときは深夜帰りという働き方をして給料は上がらず、

ボーナスも減らされこのままではだめだと思いました。

 

 

勤めていくうちに請け負う仕事はすべて行政が出していることに気付きました。

 

 

行政に行って仕事を発注すれば少なくとも自分の手の届く範囲であれば

受注した業者にいい仕事してもらいたくさんお金をもらっていい暮らしを

してもらえるのではないか、そう思うようになり会社を辞め一念発起して

1年勉強して無事公務員になることができました。

 

 

公務員というと安定した給料が入り福利厚生も充実した誰もが

うらやむ職業としてイメージがあります。

 

 

確かに入庁した当初はやる気も十分にあり「よしこれからがんばるぞ」と

思っていました。しかし現実は違いました

 

 

新入職員なので最初は何もわからない状況でした。

 

 

教育係という制度がありましたが形だけで実際自分が知りたいことを

教えてくれる人はいませんでした。

 

 

ここは違うのではないのでしょうかみたいなことを言えば反発していると

受け取られ自分の思ったような仕事はできず結局上司に言われるがままやるのが

仕事というのが組織の中で定着していました。

 

 

2年3年と経つにつれて仕事にも少し慣れいわれたとおりに直せば

その仕事は進むというのを認識するようになりました。

 

 

過去の踏襲がなければやらないというのも行政組織の特徴でした。

 

 

自分の考えは変わっていたせいなのかことごとく受け入れられることは

ありませんでした。

 

 

いざ新しいことやろうとすれば現場を知らない上司などは

そんなやり方はありえないといい横やりをいれます。

 

 

仕事にも期限があるので本来技術的な部分を必要としないところからも

そのようなやり取りが通達のようにされてきました。

 

 

現場をやるのは私なのになぜそこまで言われる必要があるのか?

あまり反発ばかりしてると仕事に支障がでてこの仕事を受注した業者に

迷惑がかかると思い結局私が折れました。

 

 

そこまではまだよかったのですが、極めつけはその工事のために

あらかじめとっておいた予算をけずるような支持をされました。

 

 

とても理不尽なことだと思いました。

 

 

結論から言うといわれるとおりにそこも直しました、でも考えてみたら

これをしたら自分は何のためにこの職業に就いたのかわからなくなりました。

 

 

本当の意味で我慢の限界でした。

 

 

はたから見ればつまらないプライドかもしれません。

 

 

でもこれをなくしたら自分が自分でなくなると本能で感じました。

 

 

おそらくこの判断は正しかったと今も思っています。結局公務員をやめました。

 

 

現在は自分のやりたいことを探しています。

 

 

自分らしい人生を送るために自分に何ができるか?まだその答えは見つかってません。

 

 

働いてないので生活は正直きついです。この先本当に生きていけるか心配です。

 
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