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私の人生経験。不幸はその後に繋げられる

20代女性の投稿です

 

 

今思えば良い経験、良い見本になったとおもいますがその時は地獄でした。

 

 

私の父はもともと短気、神経質、綺麗好き。母はその反対でズボラで容量が悪い。

 

 

そんなふたりの間に私は長女として生まれました。

 

 

でも人間って相性というものが本当に大切になってくるんだなと

大人になってよくわかりました。

 

 

ズボラな母に対して気にくわない父。

 

 

いつしかDVへと発展していきました。

 

 

その時はDVが世の中的にそんなに問題になっていなかったのですが、

今思うと確実にDVでした。

 

 

小さい頃はまだ頻繁でなく、月に数回、容量の悪い母が何か

ミスをした時のみ起きる現象でした。

 

 

ただただその時の父が怖いそう思っていました。

 

 

のちに妹がふたり生まれ、家族5人になり新しくスタートして間も無く、

私が中学1年生の頃長年勤めた会社を父がリストラに合いました。

 

 

不幸は重なるもので母が密かにしていた借金が判明。

 

 

我が家は一気にどん底に落ちました。

 

 

持ち家のローンもあり、まだまだこれからの子供が3人。

 

 

そこから極貧生活が始まりました。

 

 

母は昼から夜中までパートへ。

 

 

父はプライドが捨てきれず長々就活そして家も手放さず。

 

 

子供はもちろん欲しいものなど買ってもらえず中学校の夏服も

買ってもらえず、セーラー服の冬服のみ買ってもらえたので幸い型が

同じジャンバースカートを夏服に代用。

 

 

よくみると生地が厚いのでみんな気づきますよね。

 

 

その頃は恥ずかしくて本当に嫌でした。

 

 

なぜこんな思いをしなければ…と何度も思いました。

 

 

そんなことから勉強もせず親の目を盗んでは遊び歩き

高校三年生の進学の時期になると行ける高校はギリギリ一校のみ。

 

 

他は受けても落ちるでしょうと担任の先生から言われました。

 

 

それでもなんとか進学でき、晴れて高校生に。

 

 

それでも家庭は借金が減るどころか膨らみ続け、父はなんとか就職できましたが

給料は前の半分。ボーナスなし。

 

 

次第にストレスで手に出ることが増え、私にも手が出てくるようになりました。

 

 

お小遣いなどもらえる状況にはなく、自分で使う分と高校の学費は

自分で払うためにバイトを始めると反対され殴られ、なんとか高校に通うためにも

無理やり押し切ってバイトを続けました。

 

 

ですがバイト後、賄いを食べて友達と少しおしゃべりして遅くなっただけで激怒。

 

 

家に帰るのが本当にうんざりしました。

 

 

母は言う通りにしておかないとDVされるため言われるがまま。

 

 

本当に家にいるのがしんどかったです。

 

 

そんな高校生活を送り、ある程度高校で学力を取り戻したため

進学を考えましたが学費は奨学金を借りなければいけない。

 

 

そしてまだあの家に居なければいけない。

 

 

それを考えるだけでうんざりしてしまい進学を諦め、就職する道へと進みました。

 

 

就職してから仕事終わり家に帰るのを極力避けるため

寝る間も惜しんで友達と遊び歩く生活に。

 

 

当たり前に父は気に入らず、顔に青タンができるくらい殴られました。

 

 

結局、その後地方への転勤とともに私は実家を出て初めて自由に。

 

 

その結果、DVが母と妹へ向かい私が家を出た数ヶ月後母と妹は失踪。

 

 

のちに法廷離婚になり、父は借金と自宅を抱えきれず自己破産。

 

 

結局一家離散となりました。

 

 

その後、私は結婚、出産をしました。

 

 

私の体験があったため、温和で明るく絶対に手が出ない男性と結婚し

子供も2人授かりとても幸せです。

 

 

辛かっこともたくさんありましたがのちの幸せに繋げることもできると

私は経験して知りました。 

 
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