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女性50代昭和のシングルマザー

古くから続く農家育ちの私の話し。実家は古いだけで裕福ではない農家。 父は私が幼少のころ病気で他界。 残されたのは、父の母(祖母)、父の一番下の弟、母、兄二人と私。 母と祖母は、「おしん」のよう・・ 幼い私に祖母は「お前のかあさんは・・・」と陰口を聞かす。その反対に母は母で「お前のおばあさんは・・・」と愚痴をこぼす。 幼いながらに私は、どっちにも同調してはならないと思っていて、双方の話を、ただ、ただ聞くだけ。 夏の朝は、まだ皆が寝ている暗いうちに起き、自転車でいくつかの田んぼを周り、稲の間に出る草取り。皆が起きるころには帰って、朝食の準備。掃除洗濯、今度は畑仕事。・・と。ずっと働き詰め。 しかも、市内にある実家に行く時は、祖母に買い物に行くなど嘘をつき。兄や私の学校行事にも、ほとんど参加することはなかった。 そんな祖母は、私が高校生になると他界。 すると母に異変が!やっと母も気楽に過ごせると、誰もが思っていた矢先。母がすべてのことにやる気をなくしてしまい、大好きなラジオも聞かず。お茶も飲まず。 常に一緒にいた祖母がいなくなり、喪失感からプチうつ状態に。喧嘩しても、いじめられても、常にいた人の存在感は大きかったらしい。 しばらくして、徐々に回復し近所の人と出かけられるようになったのです。 次男が独立し、私が嫁ぐと、長男が嫁をもらった。普通なら喜ばれるはずなのですが・・・母は、うつを再発。 私が、新しい命を授かった事を知らせると喜んでくれた。 けれど、病のため何か不安を覚えてしまったらしく・・その数週間後自ら命を絶ってしまいました。 母は父と結婚して、幸せだと思ったことがあったのでしょうか? 自分を残して行ってしまった父に文句を言うために、天命を待たず、自ら父のところに行ったのでしょうか? 突然の出来事でした。悲しみは尽きず、未だに消化できずにいます。
 
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